搞活】年初なので、風呂敷を広げてみる。(^_^;) -3:Intermission

ちょっと休憩して、(昨年いろんな人に話した)武術・武道の歴史というか、社会貢献についての変遷についての整理をば、、、。
「武術・武道」は、根底に「戦う技術」があるワケですが、その時代の実践者にとって、「歓び」「楽しい」からやっている点があった事は、疑いの余地がありません。
ここでは、いろいろな「利点」がある、「武術・武道」ですが、その時代の人は「何を最重要視(KPI:Key Performance Indicator)していたのか」を中心に、歴史を整理してみたいと思います。

①「武術」時代:~江戸時代:KPIは「護身」
大河ドラマの「真田丸」で、隣村の人間が燃料や食料を収穫するため進出してきているのを、撃退に出るシーンが印象に残っています。
村落の防衛の為だったり、落ち武者を狩ったりする戦国時代だけでなく、「太陽エネルギーだけで生きていた」江戸時代も、政府/行政機関も小さくて、近隣との紛争も多く、死亡率が高いです。
そこで重要視されたのが、「殺されない/身を守る為の技術」、すなわち「護身」の技術でした。

②「武道」時代:明治以降:KPIは「人格形成(教育)」
昨年の大河ドラマ「いだてん」の前期ですね。
「行政機関が一本化」し、「化石燃料の利用が普及」、人口も漸増、「私闘が禁止」されて行き、武術家が食うに困る時代が来ます。
嘉納治五郎の師匠は幕府お抱えの柔術師範だったのが、明治になると骨接ぎで糊口をしのいでいたという有名な逸話があります。
ここで「傑出した教育者」でもあった嘉納が、「柔道」すなわち「武道」へと改変。
「人格形成」機能を前面に押し出す事により、「社会にとって有用な人間を育む」武道は、国家としても有用で有り、またそれは「国家・社会で認められたい」若者にとっても、Win-Winの関係であり、隆盛を迎えることとなります。
戦後も、体育会出身の若者が就職に有利な時代が長く続いています。

③「格闘技・ゲーム」の時代:戦後:KPIは「娯楽」
戦後一時期、冬の時代を迎えますが、次第に復調してきます。
ここで戦前と一線を画すのが、「大規模興業化」です。
それまでは、ごくごく一部の関係者しか実際の試合をみる機会はなく、結果をずいぶん後になって瓦版~新聞で知るだけでした。
「いだてん」の後半でも、大きな観客席のあるプールを作り、リアルタイムで多くの観客に見せる興業を行うシーンがありました。
当初「好きでやっていた」実践者は、「最高のパフォーマンスを見せる」事により、多くのものが得られ、またメディアの進化により、戦前とは比較にならない規模とスピードで「多くの人が感動/共感を得られる」ようになっていきます。
空手も柔道も戦前に較べてはるかに「試合(ゲーム)」のウエイトが増しているのはご存じだと思います。(ゲームがなくて、隆盛なのは「特殊な例外」的なものだと思われます。)

ざっくり整理すると、
武術のKPIは「護身」で、「殺されないこと」が第一だった。
武道のKPIは「人格形成」で、「社会的に成功」に変化した。
格闘技のKPIは「娯楽」で、「自分が楽しむ事」が「最高のゲームを見せる事」に発展する事により、「金銭的な成功も得られる」ものへと進化していった。

武術に本来備わっていた「娯楽」「護身」「人格形成」「自己実現」「興業」等の要素が、時代の要請により、前面に押し出されたのだと思います。

 さて、一周廻って、「武術」が復興する為には、21世紀/令和の時代に「前面に押し出すべき要素」は何か?
「武術」の持つ何が社会にとって有用なのか?
案としては、
・「養生/長命」技術……「健康長寿」「医療費低減」は個人的/社会的にWin-Win。
・「複数/多数のゲーム」……多くの門派と(武芸十八搬と言われるように)各種の武器があります。
あたりが、まず思い当たります。

「人生を短くされない為の技術」から「充実した人生を長くする為の技術」へ、かな?

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